前回は、『春秋繁露』から『白虎通義』へと至る流れを解説しました。そのなかで、中央の「土」が政治と結びついた結果、「四方三支」の十二支構造に、「五行体系」が重なっていく過程を確認しました。そして、こう述べました。
四方三支(例:東=寅・卯・辰)の構造は消えなかった。ただ、別の分類が上に乗っただけだ、と。
ならば当然、次の問いが来ます。
消えなかったのなら、それはどこにあるのか。
今回は、その答えを探しに、六壬神課(りくじんしんか)の式盤にヒントを見つけます。
ここでひとつの仮説を提示します。
仮説ですが、そこには無視することのできない構造が隠れています。それは
六壬神課の地盤に刻まれた「十二支の配列」は、
四象十二支の骨格が、今も現役の構造として生き残った姿である。
ということ。
これを、解釈ではなく構造から示していきます。
支配権は儒教へ。しかし、当てる力までは渡らなかった
これまでの流れを、ここで一度はっきり言い切っておきます。
前漢時代、五行の「意味」を語る主導権は、陰陽家から儒家へ徐々に移りました。
土は中央に座り、王者と重なり、五行は国家秩序を説明する政治の道具になった。前回まで見てきた通りです。
しかし、暦を作ること、天体を測ること、そして実際に吉凶を当てること――この、精度を要求される現実の領域まで、儒教的な五行体系が完全に置き換えたわけではありません。
政治的に再編された、土を中央に置く「儒教的な五行体系」は、国家の秩序を説明する思想としては強力でした。しかし、それによって、実際に空を測り、方位を割り出し、暦を作るための既存の構造まで、すべてが置き換えられたわけではありません。
辰未戌丑がなぜ土になったのか――
この問いは、配当そのものを眺めていても答えが出ません。
誰が、何のために、その分類を必要としたのか。
そこまで遡らなければ、見えてこないのです。
日は東から昇り、南を通って、西に沈む。
この観測を扱うために重要になるのが、「四方三支」という、もとの構造でした。
つまり、儒教は五行の「意味」を政治や国家秩序の中へ組み込みましたが、天文・暦・方位を扱う既存の構造まで、同じように書き換えたわけではなかったのです。
看板が儒教的なものへ変わっても、実際に暦を作り、天を測り、方位を扱うための古い構造は、そのまま残り続けました。これは単なる住み分けではありません。
政治的に上書きされた体系とは別に、
≪現実に機能する体系が≫、そのまま生き延びたということです。
だからこそ、私たちは立ち止まって考える必要があります。
四柱推命をはじめ、現行の占術が前提にしている五行は、
この儒教によって書き換えられた「後の五行」です。
政治的に作られた体系は意味づけとしては強力でも、それだけで当てる力を保証するものではありません。
四象十二支論が「現在の辰・未・戌・丑=土」という考え方を疑うのは、まさにこの一点によります。
さて、四柱推命などの命術占いは五行を、
「思想」や「政治」でみるのと、
「現実的な数値」や「自然法則」でみるのと、
どちらが当たるのでしょうか……。
六壬神課とは何か――回る天、動かない地
六壬神課は、三式(六壬・太乙・奇門遁甲)のひとつに数えられる占術で、時刻を起点に事象を占う卜占の体系です。
その中心にあるのが式盤です。構造は単純です。
- 地盤――十二支が円周に固定されて並ぶ、動かない盤
- 天盤――同じく十二支が並び、占う時刻に応じて回転する盤
占うときは、その時の月将を時支の上に乗せる形で天盤を回します。天盤と地盤の十二支がずれて重なり、そこから四課を立て、三伝を出し、十二天将を配して読む。
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ここで注目すべきは、動くのは天であり、動かないのは地であるという役割分担です。
動かない側が方位で、動く側が時間。まず空間の枠が据えられ、その上に時が乗り、事象が読まれる。
これは、命術の発想の順序とは逆です。命術は年月日時という時間の指定が先に来て、その干支を後から解釈します。六壬は、方位という空間の枠を先に固定する。
六壬が骨格として持っているのは、四方が先にあり、十二支はその内訳であるという構造です。前回見た「4の上に5が重なった」という重層のうち、六壬は下の層を、道具の形として物理的に固定しています。
地盤には中央を置く場所がない
地盤の十二支を、あらためて並べてみます。
| 方位 | 十二支 |
|---|---|
| 東 | 寅・卯・辰 |
| 南 | 巳・午・未 |
| 西 | 申・酉・戌 |
| 北 | 亥・子・丑 |
前回とまったく同じ表です。四方に三支ずつ。4×3=12。
六壬の地盤は、十二支だけで円を等分します。
そこに中央の区画はありません。円周を十二に割るという操作はその性質上、中央を持てないのです。
そして重要なのは、
この盤が四分割のまま作られ、使われ続けたという事実です。
地盤は3・3・3・3のままです。
辰は東の一員として卯の隣に置かれ、未は南の一員として午の隣に置かれています。
現在の辰・未・戌・丑=土という考え方は、地盤の設計に一切反映されていないのです。
土は中央にいるはずなのに、十二支の盤には中央という席そのものが存在しないのです。
決定的な事実――三合に「土局」は存在しない
そして、本稿でもっとも重視したい論点です。
十二支を三つずつ組み合わせる技法として、六壬でも四柱推命でも用いられるものが二種類あります。
ひとつは前回から見てきた方合(方局)。もうひとつが三合(三合会局)です。
方合
隣接する三支をまとめます。
| 方合 | 十二支 | 五行 |
|---|---|---|
| 東方 | 寅・卯・辰 | 木 |
| 南方 | 巳・午・未 | 火 |
| 西方 | 申・酉・戌 | 金 |
| 北方 | 亥・子・丑 | 水 |
三合
円周上を四つ飛びに、三支をまとめます。
| 三合 | 十二支 | 五行 |
|---|---|---|
| 木局 | 亥・卯・未 | 木 |
| 火局 | 寅・午・戌 | 火 |
| 金局 | 巳・酉・丑 | 金 |
| 水局 | 申・子・辰 | 水 |
二つの表を、よく見比べてください。
方合は四組。三合も四組。合計八組。
そのどちらにも、土の組は存在しません。
方合も三合も、四柱推命にとって、なくてはならない技術です。
どんな鑑定士であっても、運命鑑定において、これらが≪実際に当たる技術≫であることは占い時に体感的に理解していることでしょう。
しかし、この二つには「土」がなく、四象十二支の骨格そのままの形で遺っているのです。
十二支を三つずつ束ねるという操作は、方合であれ三合であれ、必ず四組を生みます。
そして四組しかできないなら、そこに現れる五行は四つです。
木・火・金・水。
土は、はじめから入る余地がありません。
しかも興味深いのは、現在の五行配当で土とされる辰・未・戌・丑が、三合ではそれぞれ木・火・金・水の局に散らばって配属されるという点です。
- 未は木局(亥卯未)の一員
- 戌は火局(寅午戌)の一員
- 丑は金局(巳酉丑)の一員
- 辰は水局(申子辰)の一員
ここが非常に重要です。
現在は土とされている四支が、十二支の組合せ構造の中では、土としてまとまっていない。
むしろ、
辰 → 水
未 → 木
戌 → 火
丑 → 金
というように、四つの方向へ分散しています。
十二支の組合せ体系は、方合でも三合でも、徹底して「4」で動いている。
そして、その「4」の世界には、土局が存在しない。
これは、単に「土だけ仲間外れになった」という話ではありません。
十二支を三つずつ束ねる構造そのものが、
木・火・金・水の四つで完結しているのです。
土局が存在しないという事実を、ここまで見てきた構造と重ねると、
ひとつの可能性が浮かび上がります。
現在の五行配当より前に、
十二支を四方三支として扱う、別の構造が存在していたのではないか。
そして、その古い構造が残ったからこそ、
現在の≪辰・未・戌・丑=土≫という考え方と、≪十二支の組合せ体系≫との間に、このようなズレが生まれたのではないか。
もちろん、土局がないことだけで、この仮説が成立するわけではありません。
しかし、六壬神課や方合や三合の技術に
土局がない。
四方に三支ずつ並ぶ。
現在土とされる四支が、四つの局に一支ずつ分散する。
この三つが同時に存在していることには、十分に注目する価値があります。
各層でみた四象十二支論
ここは、前回と同じように明確に区切っておきます。
構造上の事実を確認する
構造として確認できることは、次の通りです。
- 六壬の地盤は十二支で円を等分し、中央の区画を持たない
- 地盤の十二支は、四方に三支ずつという配列で固定されている
- 方合は四組、三合も四組であり、いずれにも土の組が存在しない
- 現在土とされる辰・未・戌・丑は、三合では木・火・金・水の各局に分散して所属する
- 方位・方合・三合という階層と、五行属性という階層は、同じ十二支に対して異なる分類を与えている
- 現在の五行理論の枠組みで見るかぎり、この分類には明らかな食い違いがある
ここまでは、式盤と技法を見れば確認できる、構造上の事実です。
「よく似ている」という程度の話ではありません。十二支の分類原理が、階層によって食い違っているという明確な構造があります。ただし、いま「食い違い」と呼んだのは、
「一つの支」には「一つの五行」だけ対応する
という、現在の五行理論の前提に立ったうえでの話です。
その前提自体が真理かどうかは、また別の話です。
四象十二支論による仮説
ここから先が、四象十二支論の仮説です。
この食い違いは、
「四方三支」の枠組みが先に成立し、
「五行属性」の再配当が後から別レイヤーとして重ねられた
ために生じたのではないか。
これが、四象十二支論の見立てです。
これは、あくまでも構造から導き出した仮説です。
史料に、「四方三支が先にあり、その後に辰・未・戌・丑が土へ移された」と、その形成過程がそのまま書かれているわけではありません。
しかし、ここで重要なのは、先後関係を完全に証明できるかどうかだけではありません。
実際に残っている構造を並べたとき、現在の五行配当とは別の「4」の世界が見えてくる。
そこが重要なのです。
十二支は、六壬の地盤では四方三支のままです。
方合も四局です。
三合も四局です。
そして、現在土とされている辰・未・戌・丑は、その四局の中へ一支ずつ分散しています。
これらを一つの構造として見るなら、
現在の「辰・未・戌・丑=土」という考え方が、もともとの十二支構造に後から重なった可能性
を考えることができます。
これが、四象十二支論です。
正しかったから残ったのではない。使えたから残った
最後に、ひとつ強調しておきたいことがあります。
「四方三支」という構造は、六壬において骨董品として飾られているわけではありません。
地盤は占断の起点です。天盤を回す土台であり、四課を立てる基準であり、三伝を導く場です。
また、方合と三合は、いまも判断の要所で使われます。
この構造は、現役の稼働部品です。そして、この構造が長く使い続けられたことには、理屈より重い理由があると考えます。それは、
理論として正しいと認定されたからではなく、純粋に「使えた」から残った。
ということです。
国家の公式見解に採用されたわけでもなく、
儒教の権威づけを受けたわけでもない。
中央土の壮麗な物語に比べれば、4×3=12は素朴きわまりない構造です。
にもかかわらず、この構造は長く実務に耐えてきました。
それは、この構造が天体観測という事実に足をつけているからでしょう。
空は四方に開けていて、日は東から出て、南を通り、西に沈む。北は動かない。
そこに中央はありません。
地上の権力は中央を必要としましたが、空は中央を必要としなかったのです。
なお、六壬の実際の占断は、天盤・地盤、四課、三伝、十二天将、日干支、生剋、刑冲破害を総合して行われます。「四方三支」は骨格であって、運用の全体ではありません。ここで論じているのは、その骨格の由来です。
まとめ
- 五行の「意味」を語る支配権は陰陽家から儒家へ移ったが、暦・天文・占術という「当てる」ための現実の精度までは、儒教の五方体系に置き換えられなかった。実務は、陰陽家が組み上げた四方三支の構造を残したまま動き続けた。
- 六壬神課の地盤は、十二支を円周に等分する構造であり、中央の区画を持たない。つまり、現在の辰・未・戌・丑=土という考え方は、地盤の設計に反映されていない。
- 方合も三合も、必ず四組しか生まない。そして五行のうち土だけが組を持たない。「土局」は存在しない。
- 現在土とされている辰・未・戌・丑は、三合では木・火・金・水の各局へ一支ずつ分散している。
- 辰は、地盤では東、方合では木、三合では水、現在の五行属性では土という、多重の分類を持つ。この分類は、それぞれ実際の技法の中で運用されている。
- これを「食い違い」と見るかどうかは、一支に五行がひとつだけ対応するという、現在の五行理論の前提を採るかどうかによって変わる。
- しかし、四方三支、方合四局、三合四局、そして土局の不在という構造を重ねて見ると、「現在の五行配当」より前に、「四方三支」を基礎とした別の十二支構造が存在していた可能性が浮かび上がる。
- そこから、現在の「辰・未・戌・丑=土」という五行配当は、もともとの「四方三支」の構造とは別のレイヤーとして重なったのではないかという仮説を立てるのが、四象十二支論である。
- そして、この四方三支の構造は、飾りではなく現役の稼働部品として、いまも六壬の占断を支えている。それは理論として承認されたからではなく、使えたから残った。
第二章で見てきた四象十二支体系の形成と重層化は、ここでいったん出口に着きます。
四方の宇宙に、中央を持つ五方の宇宙が重なった。
しかし、四方の宇宙は消えなかった。
むしろ、六壬の式盤を見ると、それは現在も四方の宇宙が十二支の骨格として動いています。
そして、そこには土の座席がありません。
四方には四つの座席がある。
十二支は、その四方に三つずつ座っている。
土は、その十二支の組合せの中に独立した座席を持たない。
これは「消えた陰陽五行」を証明するものではありません。
しかし、現在の五行配当とは別の、四象を基礎とした十二支の世界がかつて存在し、それが別の体系の下部構造として残っているのではないか――
そう考えるための、ひとつの重要な手掛かりにはなります。
次回、第二章の総括。
四方の宇宙と五方の宇宙、その二つの層をどう整理し、第三章の検証へどう渡すのかを述べます。
本稿が「消えた陰陽五行理論」と呼ぶものの三層モデルも、そこで提示します。


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