第二章では、十二支がどのように生まれ、どのような役割を担ってきたのかを見てきました。
十二支は、最初から人間の運命を占うために存在していたわけではありません。
まずは時間を記録し、区別するための記号として使われました。
そして、その時間を表す仕組みが、やがて方位や空間の構造とも結びついていきました。
では、その「時間」は、いつから人間そのものを読むための情報になったのでしょうか。
ここから第三章では、命術の誕生を見ていきます。
命術とは何か
命術とは、出生時の時間情報を用いて、その人の命運を読み取ろうとする技術です。
ここで大切なのは、「時間を使う占術」と「命術」を同じものとして扱わないことです。
古代には、干支を使って吉凶を判断したり、行動する日を選んだり、方位を判断したりする技術がありました。しかし、それらは基本的に「いつ行動するのか」を判断するものです。
命術が扱うのは、それとは少し違います。
命術では、「いつ生まれたのか」という個人の出生時点を、その人自身の情報として扱います。
ここに、命術という技術の大きな特徴があります。
時間は、本来すべての人に流れているものです。しかし、その時間のどの地点に生まれたのかは、一人ひとり異なります。
命術は、この出生時点を何らかの形で記号化し、その記号を手がかりとして、人の性質や命運を読み取ろうとします。
言い換えれば、出生時点は、宇宙の星々の配置状態を示しているのです。
命術とは、「個人の出生」と「宇宙の時間」を結びつける技術だと考えることができます。
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
私たちはこの説明を読むと、つい年・月・日・時をすべて揃えた、現在の四柱推命のような完成した形を思い浮かべてしまいます。しかし、そのような体系化された形が、最初から存在していたわけではありません。
現在の四柱推命は、年・月・日・時という四つの時間を組み合わせ、さらに陰陽五行などを用いて命式を読み解く、非常に体系化された技術です。
一方、原初の命術はもっと素朴なところから始まりました。
出生した時間を何らかの形で捉え、それを人間の命運と結びつける。
そのような初期的な段階から、命術は長い時間をかけて発展していったと考えるべきです。
では、その最初の段階では、時間はどのように人間と結びついたのでしょうか。
「記録」から「個人の属性」へ
命術の成立を考えるためには、まず「干支」と「命術」を切り離して考える必要があります。
現在、私たちは干支を見ると、すぐに四柱推命などを連想します。
しかし、干支そのものが最初から人間の運命を読むために作られたわけではありません。第二章で見てきたように、干支にはまず「時間を記録する」という役割がありました。
いつなのか。
どの日なのか。
どの時期なのか。
その時間を区別するための記号として、干支が使われていたのです。
そこに、少しずつ別の意味が加わっていきます。
時間が「その人」を表す
出生した年の干支を、その人自身の属性として扱う考え方が現れてきます。
たとえば、ある年に生まれた人を、その年の十二支によって分類する。
これは、後に「属相」と呼ばれるようになる考え方につながっていきます。こうなると、
それまで単に「何年なのか」を示していた干支が、
「その年に生まれた人」を表す記号としても機能することになります。
ここで、時間と個人が結びつきます。
これは小さな変化に見えるかもしれません。
しかし、命術の成立を考えるうえでは大きな意味を持っています。
なぜなら、「いつなのか」を示すだけだった時間が、
「誰なのか」を示す情報になったからです。
ただし、まだこの段階では、現代の命術のように個人を細かく区別することはできません。
同じ年に生まれた人は、同じ年の干支を持つからです。
したがって、出生年だけでは、多くの人が同じ情報を共有することになります。
ここには、命術が成立するための一つの限界があります。
一つの時間情報だけでは、個人を十分に区別できないのです。
この限界を超えるためには、出生を、一つの時間情報だけでなく、複数の時間情報によって捉える必要が出てきます。
では、その複数の時間情報は、どのように使われていったのでしょうか。
第三章⑴まとめ
命術とは、出生時点を「いつなのか」ではなく「誰なのか」を示す情報として扱う技術です。日を選んだり方位を判断したりする、他の干支を使った占術とは、この点が根本的に違います。
干支は、最初は単なる時間の記録でした。そこから、出生年の干支をその人自身の属性として扱う考え方が生まれ、時間と個人が結びついていきました。
ただし、出生年だけでは、同じ年に生まれた人は同じ情報を持つことになります。一つの時間情報だけでは、個人を十分に区別できません。命術が体系として成立していくためには、まずこの壁を越える必要がありました。
次回からは、この壁を古代の人々がどう乗り越えていったのかを見ていきます。出生年だけで運命を読んでいた黎明期の命術が、どのようにして「年・月・日」という複数の時間情報を組み合わせる形へと変化していったのか。後漢から唐代にかけて続いた、長い試行錯誤の時代からです。


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