消えた(幻の)陰陽五行論

消えた陰陽五行【第三章】命術の起源

琉球四柱推命|日干支の登場――時間が「個人を区別する構造」になった|消えた陰陽五行【第三章】命術の起源⑵

出生年だけで占っていた命術が、なぜ「年月日」の三本柱へと整理されたのか。唐代の命術家・李虚中の実像と、韓愈の墓誌銘に残された記録から読み解きます。
消えた陰陽五行【第三章】命術の起源

琉球四柱推命|命術とは――時間を「運命を読む構造」に変えたもの|消えた陰陽五行【第三章】命術の起源⑴

第二章で見てきた十二支の「時間を記録する」という役割は、やがて人間そのものを表す情報へと変化していきます。本章では、干支と命術を切り離して考えながら、出生年の干支が個人の属性となり、さらに出生日へと情報が広がっていく過程を追います。現在の四柱推命につながる「出生時点を読む」という発想が、どのように生まれていったのかを見ていきます。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|第二章総括/二つの宇宙が重なった「四象十二支論」|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑼

十二支には「四方に三支ずつ」という古い構造と、「辰・未・戌・丑だけ土」という五行の構造が重なっている。この二つはいつ、どう重なったのか。六壬神課の式盤に残る手がかりから、第二章の全体像を整理する。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|消えなかった宇宙―六壬神課の世界|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑻

六壬神課の式盤には、十二支が四方に三支ずつ配置される「四方三支」の構造が残っています。そこには中央の区画がなく、方合も三合も四局で構成され、「土局」は存在しません。現在の辰・未・戌・丑=土という考え方と、こうした十二支の組合せ構造を重ねて見ると、現在の五行配当とは別の「四象十二支」の世界が、下部構造として残っている可能性が浮かび上がります。本稿では、六壬神課を手掛かりに、その構造を検証します。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|中央の土の政治化、墓土の再配当|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑺

四方に三支ずつを配する「4」の構造に、中央土を含む「5」の五行体系が重なったとしたら、辰・未・戌・丑の土配当はどう見えてくるのか。『春秋繁露』『白虎通義』の記述を手がかりに、中央土の政治化と十二支五行配当の成立を考え、「消えた陰陽五行」へつながる四象十二支論の仮説を提示します。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|四象十二支論の提唱③「土用の初期段階」との分岐|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑹

四柱推命や風水の常識「土用」の起源に迫る。馬王堆帛書『陰陽五行』の記述から、土用は儒教の理想論ではなく、既存の四季を壊さずに「中央土」を暦へ組み込むための現場の知恵だった可能性を解説。方位は動かさず時間だけを「間借り」する、土の控えめな原型の姿。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|四象十二支論の提唱②十二支に「土」はなかった!?|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑸

十二支には、最初から「土」というカテゴリーが存在していたのか。四方・四神・十二支の「四方三支構造」と、五行の「中央土」を比較し、辰・未・戌・丑の土配当が後から重ねられた可能性を考察します。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|四象十二支論の提唱①四神体系誕生の謎|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑷

四方・四神・十二支を結びつけると、東・南・西・北に三支ずつ、十二支が配置されます。そこには「4×3=12」という明確な構造が見えてきます。本稿では、この方位構造を五行とは別の系譜として捉え、辰・未・戌・丑を「土」とする現在の五行配当を問い直します。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|青龍・朱雀・白虎・玄武が4方位と繋がる|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑶

青龍・朱雀・白虎・玄武――四神は、五行から生まれたのでしょうか。本稿では、四方・四神・星宿の関係を確認しながら、十二支を五行とは別の方位構造から捉え直します。そして、辰・戌・丑・未を「土」とする現在の五行配当そのものを問い直す視点へと進みます。
消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|十二支が時空を示す記号に進化した日|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑵

日付スタンプだった十二支を「12の方位」へと貼り付けた真犯人は木星だった!?子午線や正午の由来から『史記』天官書が語る天文学まで、五行と出会う前の十二支の真実を解説。