前回(第五章⑹)では、「土を地支に置かない」「蔵干を採用しない」という二つの対応がそろったとき、命式の読み方がどう変わるかを見てきました。
天干と地支は別物であり、地支の中に十干はない。
だから地支通変星は使わず、通変星は天干に出ている三つを、柱・五行・十二運・力量・大運との関係まで重ねて深く読む。
月支の蔵干から元命・格局を決めることもせず、命式全体のバランスで読む。
一般的な四柱推命の常識を、根本からひっくり返す内容だったと思います。
だからこそ、前回の最後にこう書きました。
長い歴史を持つ蔵干を使わないという選択に、不安を覚える方もいるでしょう、と。
「蔵干がなければ、四柱推命は成り立たないのでは?」
今回は、この疑問に正面から答えます。
干支を使う他の占術は、蔵干なしで成り立っている
先に結論を言います。
干支を使う東洋占術の中で、蔵干を判断の骨組みに組み込んでいるのは、
四柱推命と、その流れをくむ命術だけです。
東洋占術には、干支を使う占術がいくつもあります。
その中から、四柱推命と同じく干支を本格的に扱う三つの占術を見てみましょう。
紫微斗数は、十二支の中に十干を置かない
紫微斗数は、生年月日時から命盤を作り、十二の宮にさまざまな星を配置して判断する命術です。
紫微斗数でも天干は使います。四化は生まれ年の天干で決まり、各宮には天干(宮干)が一つずつ付きます。
十二支も、宮どうしの関係(三方四正)や星の強弱を決める、大事な要素です。
しかし、どの場面でも十二支は「寅」なら寅という一つのまとまりとして扱われ、その中に複数の十干が入っている、という発想はありません。
紫微斗数にとって十二支は、星が入る十二の「宮」そのものです。十二支を重く使いながらも、その中身を分解して読むことはしないのです。
奇門遁甲も、十二支の中に十干を置かない
奇門遁甲(きもんとんこう)は、主として特定の時刻と方位をもとに、物事の吉凶や動くべき方角を判断する「時術」です。
生まれた瞬間の命式を読む命術ではありませんが、干支で時間を捉えるという点では、四柱推命と共通しています。
奇門遁甲では、八方位に中央を加えた九つのマス(九宮)の盤を使います。
十二支は、この盤の周りに方位として割り当てられています。子は北、午は南、卯は東、酉は西、丑と寅は北東、辰と巳は南東、未と申は南西、戌と亥は北西です。
そして、占う時刻の干支(たとえば「甲子の刻」)によって、盤の上で星や門がどこに巡ってくるかが決まります。
つまり奇門遁甲の十二支は、「いつ」を示す時刻の目印であり、「どこ」を示す方角の目印です。
一つの十二支の中に十干が入っていて、それを取り出して読む、という発想はありません。
ちなみに奇門遁甲の「遁甲」という名は、十干の甲が他の干の下に隠れる(遁れる)ことに由来しますが、これは天干どうしの話であり、地支の中に十干を入れる蔵干とは別物です。
干支をここまで本格的に扱う体系であっても、蔵干は必須の構造ではないのです。
断易(六爻)は、地支の五行をそのまま読む
断易(中国では六爻)は、「占うその時点の干支」を使って吉凶を判断する卜占です。
奇門遁甲と同じく、生まれた瞬間の命式を読む命術ではありません。
卦を立てると、六つの爻それぞれに地支が配されます。
(天干も一緒に配されますが、判断の中心は地支です)
そして、その地支の五行が、占う月や日からどれだけ力を得ているか―旺衰―によって、吉凶や時期を判断します。四柱推命の運気と同じですね。
しかし、断易には
「地支の中から十干を取り出す(蔵干)」操作は、
どこにもありません。
ここが重要です。
紫微斗数や奇門遁甲であれば、「地支をまとまりや目印として使うから、蔵干は必要がない」ことが分かります。ところが断易は、地支の五行の強弱を細かく読む占術です。
それにもかかわらず、蔵干を使っていません。
断易は、四柱推命よりはるかに古い
しかも、断易は四柱推命よりはるかに古い占術です。
断易の土台である、爻に干支を配する「納甲(のうこう)」の仕組みは、
前漢の京房(けいぼう、紀元前1世紀)に始まるとされています。
一方、第三章で見たように、四柱推命の原型を作ったのは唐の李虚中(9世紀ごろ)、四柱の形を整えたとされるのは宋の徐子平(10世紀ごろ)です。断易の始まりとの差は、およそ900年になります。
つまり、
「地支の五行の強弱を読む技術」は、
四柱推命が生まれるはるか前から蔵干なしで実践されてきた
のです。
蔵干は、地支を読むために最初からあったものではありません。
後から生まれた四柱推命の中で、後から付け加えられたものなのです。
つまり、地支の五行の強弱を読む占術であっても、蔵干がなければ成り立たない、ということはない。
断易は、そのことを900年以上前から示してきた実例なのです。
他の占術の蔵干は、四柱推命からの輸入品のおまけにすぎない
とはいえ、現代では、紫微斗数や断易などの解説書や鑑定ソフトに、蔵干の表が載っていることもあります。
「他の占術でも使っているなら、四柱推命だけの考え方とは言えないのでは?」と感じる方もいるでしょう。
しかし、ここで確かめるべきなのは、「蔵干の表が載っているかどうか」ではありません。
「その蔵干を外したら、その占術の判断が成り立たなくなるかどうか」です。
紫微斗数の判断は、星の配置と組み合わせを軸に組み立てられます。
奇門遁甲の判断は、時刻と方位に配された干・門・星・神の組み合わせを軸に組み立てられます。
断易の判断は、地支の五行と、月建・日辰による旺衰を軸に組み立てられます。
どの占術も、蔵干を外したところで、判断の手順は一つも欠けません。
もし蔵干がその占術にとって本当に必要な構造であるなら、理論の中心に組み込まれていたはずです。
ところが、これらの占術は蔵干なしで体系を完成させ、蔵干なしで長く実践されてきました。
つまり、そこに載っている蔵干は、その占術の本質の外側にあるものです。
他の占術では骨組みの外にあり、四柱推命にだけ骨組みの中心にある。
であれば、それは四柱推命から借りてきた付属品と見るのが自然です。
外しても、本体は何も困りません。
誤解のないように付け加えると、他の占術が蔵干を参考にすること自体を責めているのではありません。問題なのは、おまけとして付いてきたものを見て、「蔵干は干支を使う占術すべてに共通する真理だ」と思い込んでしまうことです。
おまけがあちこちに付いているからといって、それが本体の一部である証拠にはなりません。
ここまでを並べてみます。
紫微斗数:十二支は十二の「住所」。中に十干は置かない。
奇門遁甲:十二支は時間と方位の「目印」。中に十干は置かない。
断易 :十二支は「五行」。強弱は読むが、中に十干は置かない。
四柱推命:十二支の中に「複数の十干」があると考える。
ここで比較した占術の中で、「地支の中に十干がある」と考えるのは、比較的新しい占術である、四柱推命(と、その流れをくむ命術)だけです。干支を使う東洋占術の本来の姿には、蔵干はないのです。
蔵干は、四柱推命の系統だけが持つ「思想」なのです。
蔵干は、四柱推命が自分のために作った道具
「いや、紫微斗数と四柱推命はそもそも別の占術でしょ?比べても意味がないのでは?」
そう思う方もいるでしょう。その通りです。別の占術です。
別の占術だからこそ、蔵干の正体が見えてきます。
同じ干支を使いながら、四柱推命にだけ蔵干があるのなら、
蔵干を必要とした理由は干支の側ではなく、四柱推命の側にあるはずです。
蔵干は、地支の「中身」を手っ取り早く読むための便利な道具
他の占術と違い、四柱推命では、「地支の五行の状態を正確につかむこと」が判断の土台になります。
同じ「寅」でも、その中にどんな気があり、どの気が強く、どの気が弱いのかによって、命式全体の解釈が大きく変わります。
断易が読むのは、地支の五行が月や日から外側でどれだけ力を得ているかでした。
四柱推命が知りたかったのは、そこからさらに踏み込んだ、地支そのものの「内訳」です。
この要求が、蔵干を生みました。
蔵干とは、地支の内部に複数の十干を置くことで、その地支の中にあると考えられる気の構成を、目に見える形で表そうとした試みです。
言い換えれば、地支の五行をより細かく読み取るために必要だったのです。
他の占術に蔵干が要らないのは、地支の内訳を問わないから
紫微斗数や奇門遁甲の判断の軸は、星の配置や、門・宮の関係といった「空間の構造」にあります。
断易も、地支の強弱を外側の月日との関係で判断します。
どの占術も、地支を分解して内訳まで読む必要がなかったため、蔵干のような技術は理論の上で求められなかったのです。
紫微斗数や奇門遁甲にとって、地支は「住所」です。
星がどの番地にあるかが分かれば、それで十分です。
一方、四柱推命は、地支という料理の「調味料」まで語ろうとしました。
その味を誰でも説明できるように、人間が料理に貼った成分表示のラベル。それが蔵干です。
第五章⑹では、
蔵干は後世の占い師が地支のエネルギーを把握するための、人工的な「ブレンド比率の数式」
だと述べました。
成分表示のラベルとは、まさにそのブレンド比率のことです。
ラベルは料理そのものではありません。料理を説明するために、人間が後から書いたものです。
しかし、その比率自体が不安定であり、今現在でも定まっていません。
もし蔵干が、干支そのものに必ず備わった構造なら、干支を使って地支を読む占術は、どれも蔵干を避けて通れないはずです。しかし実際には、他の占術は蔵干を使用しない。
蔵干は、干支を読むための絶対の技術ではない。
四柱推命が地支の内訳を読むために採用した、人間の作った道具である。
道具だと分かれば、第五章⑶で見た「流派によって蔵干表が違う」という事実にも説明がつきます。
干支そのものに備わった唯一の構造なら、表が流派ごとに違うことの説明がつきません。
しかし人が作った道具なら、作り手ごとに形が違っていても不思議ではありません。
使われてきたことが、正しさの証明にならない
ここまで読んで、こう思った方もいるでしょう。
「何百年も使われてきた蔵干を、否定するの?」
蔵干が長く使われてきたことは事実です。
そして、地支の中身を読む道具として、蔵干がある程度機能し、一定の役に立ってきたことも否定しません。
長い実践が証明しているのは、道具としての便利さだけ
しかし、長く使われてきたことが証明するのは、「便利だった」ということまでです。
「正しい法則である」ということまでは証明しません。
たとえば天動説は、千年以上にわたって、惑星の位置を計算する道具として使われてきました。
計算はそれなりに当たりましたが、それは宇宙の本当の姿ではありませんでした。
「役に立つ道具である」ことと、
「正しい地支のエネルギー分率」であることは、別の話なのです。
蔵干の仕組みに疑問を持つ四柱推命家は、少なくない
我々のように、蔵干を正面から否定する声は、多くはありません。
しかし、蔵干の仕組みに違和感や疑問を持つ四柱推命家は、少なくありません。
たとえば中国の四柱推命家の中にも、
「現代の本は、なぜ余気・中気をこれほど重視するのか」と疑問を投げかける人がいます。
日本にも、蔵干を基本的に使わない四柱推命の流派が、すでに存在しています(次回、詳しく取り上げます)。
蔵干をどこまで重く見るか、そもそも使うかどうかは、四柱推命の中でさえ、動かせるものと見られているのです。
「でも、古典に書いてあるでしょ?」と思う方もいるでしょう。
その古典自体が信用できるかどうか、第六章で検証します。
まとめ
今回いちばん伝えたかったのは、
蔵干は「四柱推命の真理」ではなく、地支のエネルギーを測るための「四柱推命の便利な道具」だったということです。
「紫微斗数」も「奇門遁甲」も、そして地支の強弱を読む「断易」でさえ、蔵干を外しても困りません。
蔵干がなければ命式の判断ができないのは、地支の内訳まで読もうとした四柱推命の系統だけでした。
そして、蔵干が人が作った都合の良い便利な道具であるなら、
より自然の道理にかなった別の道具があっても不思議ではありません。
もし蔵干が唯一無二の真理であれば、手を加えることは許されないはずです。
しかし、実際にはある程度のベースはあるものの、各流派ごとに蔵干は定まってはいません。
それならば、蔵干以外の考え、蔵干を超える別の考え方もまた、必ず存在します。
その蔵干と別の考え方を『琉球四柱推命』は3つ示しています。
➀地支の中に天干を入れない
地支に十干を含めず、1つの五行を主とし、他の複数の五行と1つのまとまりとして、その強さと状態を読む。(第五章⑸・第五章⑹)
②土を特別な中心として固定しない
辰・未・戌・丑を土とせず、木・火・金・水それぞれの属に戻す。(第五章⑷)
③五行を循環する運動として捉える
四方三支(四象十二支)の構造にもとづき、五行を季節の流れとして読む。(第二章 四象十二支論)
この考え方に立てば、これまでみたような蔵干の歪みは、起こる場所そのものがなくなります。
そして、この考え方を実際の理論として示してきたのが、第五章⑹で見た琉球四柱推命の命式です。
本文に書いたように、蔵干を基本的に使わない四柱推命の流派は、すでに存在しています。
次回は、その流派を紹介します。


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