ここまで、現行の陰陽五行体系が抱える第一の問題として、
を取り上げました。
そして、今回は対応策を考える順番として、
まず第一の問題である「土の位置づけ」から見ていきます。

具体的には
≪「土の過剰」という歪み≫
≪「象徴」が「思想」に利用された歪み≫
という2つの歪みの指摘です。
この2つの歪みの問題の本質は、十二支の中に、
辰・未・戌・丑という4つの支をまとめて「土」として配置する構造
にあったことを確認しました。
では、もしこの構造を取り除くとしたら、十二支はどのように配置されるのでしょうか。
ここからは、琉球四柱推命が実際に採用している「土の位置づけ」問題への対応を示します。
ただし、琉球四柱推命の体系も、これですべてが完成しているわけではありません。これまでの四柱推命が抱えてきた構造的な問題に対して、画期的なアプローチを示してはいるものの、なお研究途上にあり、未達成の課題も残されています。この点は、主宰である八島自身も認めており、生涯をかけた研究課題として取り組まれてきました。
そして、この「残された課題」にこそ、「幻の陰陽五行」の存在意義があります。幻の陰陽五行とは、琉球四柱推命とは別の体系を新たに作ることではありません。琉球四柱推命の体系を基盤とし、その大筋から逸れることなく、そこに残された課題をさらに解決していった先に、どのような五行体系が成立するのかを探究するものです。
四象十二支論
四行三支ずつに配置し直す
陰陽五行の問題点①土の位置付けで確認したように、
辰・未・戌・丑は、それぞれ
辰=東方・春、
未=南方・夏、
戌=西方・秋、
丑=北方・冬
というグループの一員です。
伝統的な理論には、地支を五行ごとに「生・旺・墓」の3段階に分けて捉える整理があります。
この整理では、辰・未・戌・丑は、それぞれの季節の締めくくりにあたる
「墓」――勢いが収まり、老成していく段階――
とされます。
もしかすると、墓は土の性質に近く、それゆえに土に分類されたかもしれません。
しかし、似ていることと、同じであることは別です。
四方三支の構造そのものからは、この4支をひとまとめにする必然性は出てきません。
そこで、琉球四柱推命が採用する四象十二支論で考えます。
| 属 | 十二支 | 方位 |
|---|---|---|
| 木 | 寅・卯・辰 | 東 |
| 火 | 巳・午・未 | 南 |
| 金 | 申・酉・戌 | 西 |
| 水 | 亥・子・丑 | 北 |
木・火・金・水は、それぞれ三支ずつとなり、地支の中に「土」という独立したグループは存在しなくなります。
これは、土を消したのではなく、
【地支の中には】土は単独の居場所を持たない
という、この一点だけを示しています。(四象十二支論)
この配置替えが、「土の過剰」という歪みを解消する
「土の過剰」という歪んだ状態とは、木・火・金・水がそれぞれ二支であるのに対して、土だけが辰・未・戌・丑という四支を占めていた、という問題でした。
| 五行 | 十二支 |
|---|---|
| 木 | 寅・卯 |
| 火 | 巳・午 |
| 金 | 申・酉 |
| 水 | 亥・子 |
| 土 | 辰・未・戌・丑 |
さらに蔵干を通じて他の支にも広く影響を及ぼしていた、という問題でした。
四象十二支のように木・火・金・水を三支ずつに配置し直すと、
この偏りは技術的な調整を待つまでもなく、そもそも成立しなくなります。
土が独立した支を持たない以上、「土だけが四支を占める」という事態は起こりようがないからです。
つまり、四行を三支ずつに組み直すことは、単なる整理ではなく、
「土の過剰」という歪みそのものへの解答です。
配置替えが、「象徴」を「思想」から切り離す
第一の問題で見たように、土を中央に置くという発想自体は、
儒教が国家思想として台頭する以前からも見られるものでした。
問題は、そこに
「他の四行を統括・調整する」という機能的な権限が、後から付け加えられたことです。
木・火・金・水を三支ずつ対等に配置する構造には、そもそも「どれか一つが残りを統べる」余地がありません。
土に独立した領域を与えないということは、地支の配置の上で、その統括者としての立場そのものを取り除くことと同じです。
これによって、土は「中央に座る象徴」としては残りますが、
「四行を統制する思想的な特別扱い」は、構造から取り除かれます。

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