前回、思想の主流から静かに退くことになった陰陽家たち。しかし、彼らは完全に消え去ったわけではありません。
ある者は、国の役人として星を読み、暦をつくる実務を黙々とこなし
ある者は、民間や地方へと散らばり、様々な占術のなかにその知識をひっそりと息づかせました
公式な歴史の教科書には載らなくても、彼らは弟子から弟子へと、人為的な思想に染まらない「純粋な自然のバトン」を、細い糸のように紡いで残していたのです。
八島先生の「直感」が証明されたとき
そして今、
その歴史の霧の向こう側にあったバトンを、はっきりと受け取っているのが、私たち琉球四柱推命一門です。
「現行の五行、特に土の扱いはおかしい」
数十年前に真理を探し続けていた、師・八島高明先生が研究を続ける中で、研ぎ澄まされた直感からひらめいたその違和感。当時はまだ感覚的だったその問いを、何十年もの時間をかけて検証し、修正し、ロジカルに体系化してきました。
今、こうして考古学や歴史の引き出しを丁寧に開けていくと、驚くほどきれいに「八島先生の直感の正しさ」が証明されます。そこにあったのは、人間都合の道徳から完全に解放された、中央のボス(土)に支配されない、ただ流動的にめぐっていく、原初の美しい自然のシステムそのものでした。
塗装を剥がし、自然の原型を取り戻す
書店に並ぶ教科書をどれだけ読んでも、本場中国の複雑な技法をどれだけ集めても、この「人為的に上書きされた塗装」を剥がさない限り、自然の本当のエネルギーバランスを読み解くことはできません。なぜなら、基盤そのものが歪んでいるからです。
私たちの使命は、占い業界の権威を否定することではありません。
ただ、為政者や学者の手垢にまみれて隠されてしまった「自然の原型」をもう一度きれいに洗い流し、現代を生きる私たちの手に取り戻すことです。目の前の五行を暗記の呪縛から解き放ち、生きた自然の流れとして見る目を取り戻す旅なのです。
第一章のまとめ
ここまで8つの記事を通して見てきたのは、いま当たり前のように使われている五行が、実は一枚岩ではなく、何層にも重なってできているという事実でした。
- 自然観察から生まれた、伸びる・燃える・受け止める・整える・蓄えるという「働き」の層
- 儒教の道徳(仁・義・礼・智・信)が重ねられた「五常」の層
- 皇帝を中心とする統治構造を正当化するために、土だけが中央に据えられた「政治デザイン」の層
- 王朝交代を正当化するための「五徳終始説」という「支配ツール」の層
これらの層は、それぞれ別の時代に、別の人物が、別の目的のために重ねていったものであり、自然を観察していれば自動的に生まれるものではありませんでした。そしてその過程で、五行の理論を本来担っていた陰陽家は、思想の主流から静かに退いていくことになったのです。
第一章を通して分かったのは、「五行を疑う」ことは、五行を否定することではなく、むしろ五行を実務の道具として取り戻すために必要な作業だということです。
その確信とワクワク感を胸に、次章からはさらに踏み込んで、「では、歴史のノイズを綺麗に取り除いたとき、本来の十二支と五行はどんな美しい関係性を見せてくれるのか?」という、琉球四柱推命の核心部分へと足を進めていきましょう。

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