第二章⑴ 最初の十二支は「時計」だった

第一章では、五行(木・火・土・金・水)に後から塗り重ねられた「道徳」と「政治」のレイヤーを、一枚ずつ剥がしていきました。
孟子の四端(したん)が五常へ整えられ、董仲舒(とうちゅうじょ)が土を中央に据え、五徳終始説(ごとくしゅうしせつ)が王朝交代の道具になる——自然の観察から出発したはずの理論が、時代の都合で上書きされていく。そんな歴史でした。

今回から、舞台を五行から十二支へ振ります。

子・丑・寅・卯……。いまや十二支と五行はセット売りです。子は水、寅は木。四柱推命でも風水でも、疑う人はいません。
でも、ここでひとつ聞いてみたいんです。その組み合わせ、本当に「最初から」あったんでしょうか。

※ここで一度だけお断りしておきます。第二章は、出土文献や考古資料をもとに、十二支と五行の結びつきがいつどう生まれたのかを追う、歴史的な検証記事です。
この記事は史料が語れる範囲と語れない範囲は区別して書いております。仮説として読み進めていただければ、今の常識とされている十二支への五行配当と、史料が実際に語る配当と、どちらがより筋の通った姿をしているか、自然と見えてくると思います。

3000年前の骨に刻まれた、世界最古の「日付印」

十二支という記号の、現存最古級の確実な文字資料は、殷(いん)代の甲骨文(こうこつぶん)です。

甲骨文とは、亀の甲羅や牛の骨に刻まれた文字。3000年以上前、殷王朝の記録メディアでした。
ただし、「甲骨文に最初に出てくる最古級の資料」なだけで、本当はもっともっと大昔だったかもしれません。それより前に何があったかは、正直、誰にも分かりません。

殷王室は、かなり独特なスタイルの国家でした。戦争、祭祀、天候、農耕、狩猟、王族の吉凶——国家運営に関わる幅広い事項が、占卜(せんぼく)の対象になっていたのです。

やり方はこうです。亀の甲羅や牛の骨に小さな穴を開け、火であぶる。熱でヒビが走る。そのヒビの形を読んで吉凶を判断し、占った内容と結果をその場で刻みつける。これが甲骨文です。当時の殷王朝では占いで多くのことを決めていました。そのため甲骨文は、そもそも占いの記録そのものといえます。

そして卜辞(ぼくじ)の多くには、ある情報が添えられていました。
「いつ占ったのか」です。

『十干』+『十二支』で60通りの日付を一つに絞る仕組み

この日付を記すために使われたのが、十干(甲・乙・丙……)と十二支の組み合わせ、いわゆる干支(かんし)でした。

十干と十二支を順に噛み合わせると、60通りの組み合わせが生まれます。「甲子・乙丑・丙寅……」と進み、60日でひと巡り。この六十干支によって、周期の中の一日が特定されます。

そして、「子の日」というだけでは、60日周期のうちのどの日かは絞り切れません。
「子の日」は60日周期の中で5回、別々の十干との組み合わせがあるからです。十二支は十干とペアになって初めて、60日中のたった一日を指せます。

そして、この段階(時代)の十二支と現代の十二支を比べ、何がまだ確認できないのかを並べます。

  • 方位の配当
  • 五行の配当

ゼッタイになかったとは史料の性質上できませんが、
現存する殷代甲骨文からは、後世の固定的な五行配当や、十二支を十二方位へ配する完成した体系を、明確には確認できない。ということです。

少なくとも甲骨文において、十二支のもっとも明確な役割は、日付を記録するための循環する記号でした。今でいうカレンダーの日付、あるいは荷物に押すスタンプ。「子の日」は「水の気配が強い日」ではなく、「循環のこの位置」を指す符丁だったのです。

「常識」を、いったん机の上に置いてみる

四柱推命や風水に触れていると、「子=水」「寅=木」は空気のような前提になります。まるで、十二支が生まれたその日から、五行と一心同体だったかのように。

けれど、史料をさかのぼって最初に出会う十二支の姿は、そうではありません。方位もなく、五行もなく、ただ日を数えるための、身軽な記号でした。

「十二支=五行」という組み合わせは現存最古の資料である甲骨文には、その痕跡がありません。この空白の期間こそが、第二章という長い旅の、最初の手がかりになります。

まとめ

十二支の最古級の確実な姿は、殷代甲骨文の体系にあります。そこでの役割は、占卜の記録に「いつ」を刻む循環記号。子は水を語らず、寅は木を語らず、方位も背負っていません。

後世の十二支五行配当は、十二支に初めから自明に備わっていたものではない。
この一行を握って、第二章を歩きます。

では、この「ただの時計」は、いつ、どうやって東西南北を語りはじめたのか。次回は、十二支が時間の記号から空間の記号へ広がっていく過程を、戦国末から秦漢期の出土文献とともに追います。

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