消えた(幻の)陰陽五行論

消えた陰陽五行【第二章】四象十二支の世界

琉球四柱推命|最初の十二支は「時計」だった|消えた陰陽五行【第二章】四象十二支論⑴

「子=水」「寅=木」という四柱推命や風気の常識は、最初から存在していたのか?3000年前の殷代甲骨文を紐解くと、そこに刻まれていたのは五行も方位も持たない、単なる「日付記録のスタンプ」でした。史料が語る十二支本来の姿と、常識を覆す歴史の旅がいま始まります。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|陰陽家の遺志と真理を引き継ぐ「琉球四柱推命」|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑻

第一章の最後に、これまで見てきた五行思想の歴史を振り返ります。自然観察から生まれた五行に、儒教や政治思想がどのように重ねられていったのか。そして、八島高明先生の「現行の五行、特に土の扱いはおかしい」という直感を手がかりに、琉球四柱推命が目指す「自然の原型を取り戻す」という思想へとつなげます。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|諸子百家の攻防戦と歴史の舞台裏|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑺

もともと自然の観察から生まれた五行は、前漢中期、儒教の道徳と皇帝の統治理念に結びつくことで、政治を正当化する道具へと変わっていきました。儒家、武帝、陰陽家という三者の思惑から、五行が変質していった歴史を見ていきます。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命| 四つの宇宙と、五つの宇宙――五行の前にあった世界|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑹

いま私たちが当たり前のように使っている五行は、最初から「5」だったのでしょうか。土を含まない「4」で閉じた古層の宇宙観を手がかりに、暦や儒教、政治によって五行に重ねられていった歴史の層を見つめ直します。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|その五行は「運命」を観ているか?|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑸

これまで当たり前のように使ってきた五行は、本当に人の運命を観るためのものなのでしょうか。前漢の儒教化や政治利用の歴史をたどりながら、五行に重ねられた道徳や政治思想を切り分け、占術に必要な「実務の道具」としての五行を見つめ直します。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命| 易と思想、卜術と命術と構造|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑷

四柱推命のような命術と、『易』のような卜術は、同じ東洋占術でも仕組みが異なります。命術は自然の構造を理論として読み、卜術は思想や世界観によって象を読み解く。その違いを整理し、五行に後から重ねられた思想をどう扱うべきかを考えます。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|土だけが中央に座る理由|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑶

なぜ五行では「土」だけが中央に置かれ、特別な位置を与えられているのでしょうか。古代の四方位・四季の宇宙観から、土が中央へと組み込まれていった歴史をたどり、「土=支配する中心」ではなく「変化の場」として捉える視点を考えます。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|儒教が五行を上書きした理由|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑵

「仁・義・礼・智・信」という五常は、なぜ五行と結びついたのでしょうか。孟子の四端から五常が整えられた歴史をたどり、董仲舒と前漢の儒教化によって、五行に道徳と国家思想が重ねられていった過程を読み解きます。
消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え

琉球四柱推命|四柱推命を思想で占っていいのか|消えた陰陽五行【第一章】五行を疑え⑴

四柱推命で使われる「木=仁」「金=義」といった五常と五行の結びつきは、本当に自然から生まれたものなのでしょうか。五行に後から重ねられた儒教の道徳という層を見つめ直し、四柱推命で五行をどう捉えるべきなのかを考えます。