前回(第五章⑸)までで、
一般的な四柱推命が抱える「二つの問題」と、
それに対する琉球四柱推命の「二つの対応」がそろいました。

今回は、「土を地支に置かない」「蔵干を採用しない」という二つの対応を組み合わせたとき、それによってどのように運命の見方が変わるのかを整理します。
先に結論を言えば、二つの対応がそろうことで、
天干と地支の「存在」をはっきり分けて読むことが可能な命式になります。
そしてこの形こそが、琉球四柱推命の命式であり、「幻の陰陽五行」の基盤となるものです。
天干と地支は別物。従って地支に通変星を持たない
第五章の⑷と⑸では、二つの対応をそれぞれ、「土の歪み」を解消する手段として見てきました。
「土の歪み」を解消するということは
五行全体が≪自然由来の構造≫に近づくことを意味し、
それは、四柱推命の≪構造を大きく変化させる≫ということになります。
二つがそろったときに起きる変化は、
ただ「土の歪み」が消えることにとどまりません。
鑑定において、五行の人工的な帳尻合わせを必要としなくなり、四柱推命の根本の部分が変わります。
地支のエネルギーは十干ではなく五行で読む
一般的な四柱推命では、地支の中に「複数の十干が入っている」と考えます。
辰であれば乙・癸・戊、寅であれば戊・丙・甲。これが蔵干でした。
しかし、本当に1つの地支に十干が複数入っているのでしょうか?
天干と地支は全くの別物です
これは他流派であっても認めている概念でしょう。
にもかかわらず、四柱推命では地支に十干を入れているのです。
これでは、地支に甲や癸の作用を持つと言っているのと同じです。
もう一度言いますが、天干と地支は別々の性質を持っていますよね?
地支の中に物理的に「十干」が格納されているわけではありません。
天干が宇宙を巡る純粋な「五行のエネルギー成分」であるのに対し、
地支は地球の「季節や時空間という器」です。
赤と青の絵の具を混ぜると「紫」という一色になるように、
現実の季節(地支)もまた、複数のエネルギーが「完全に溶け合った状態」で日々変化して巡る存在です。
それなのに、なぜ「複数の十干が入っている」と表現するのでしょうか。
幾つかの十干がその塊のまま複数存在しているということでしょうか。
それは、詳細はここでは省きますが、後世の占い師たちが、
都合よく地支エネルギーを把握するための、占い上の人工的な「ブレンド比率の数式」に過ぎません。
≪器(地支)≫と、そこに現れる≪現象(天干)≫を混同せず、
別物として捉えることこそが、この理論の矛盾を解く鍵となります。
琉球四柱推命では、前回(第五章⑸)で見たとおり、
地支のエネルギーは一つの五行を主とした複数の五行の複合体として扱います。
さらに第五章⑷の対応で、辰は木、未は火、戌は金、丑は水、の属に戻っています。
十二支はすべて、木・火・金・水のいずれかを主とする季節の気そのものです。
そして、地支の中に十干がない以上、蔵干は成り立ちません。
ここから、天干と地支の読み方が、一般的な四柱推命とはっきり分かれていきます。
天干の「甲」と蔵干の「甲」が、同じなわけがない
天干の「甲」は、地支の蔵干にある「甲」と全く同じモノなのでしょうか?
蔵干理論では、【全く同じモノ】として扱っています。
なぜならば、蔵干通変星と天干通変星を、同じ意味合いで使っているからです。
つまり、地支だろうが天干だろうが
「比肩」は比肩だし、
「偏印」は偏印なのです。
いや、一緒っておかしくね?
っていうのが、琉球四柱推命の考え方です。
一般的な四柱推命では、
天干に出ている十干と、地支から取り出した十干を、
同じ通変星という物差しで並べて読んでいるのです。
琉球四柱推命では、天干と地支を同じものとして扱いません。
天干:十干そのものであり、宇宙エネルギー。
日干との関係から「通変星」を読む対象。
地支:大地のエネルギーであり、天干エネルギーを受けた地球の局面です。
その五行の強さと状態(始まり・盛り・終わり)を読む対象。
両者は互いに影響し合いますが、同じ物差しでは測れません。
だから琉球四柱推命では
地支に天干(十干)はない。
あるのは複数の五行だ。
と考えるのです。
地支通変星は採用しないー通変星を10数個作って、複合的に読める???
地支に天干がなくなることによって、地支には蔵干がなくなります。
それによって、通変星を読む対象は天干の3つだけになります。
これを読むと、人によっては
地支通変星を読まず、天干通変星の3つ「しか」読まないの!?
と、思われるかもしれません。しかし、本当に「しか」なのでしょうか?
逆に聞きたい。
蔵干通変性も含めて、10数個の通変を全て複合的にみられるの???
一般的な四柱推命では、
一つの柱の中に、「天干の通変星」と、「地支の蔵干から出した通変星」が並びます。
地支蔵干は一支に1〜3つあるため、一つの命式の中に通変星がいくつも重なります。
さて、その地支の通変星たち1つ1つは、
天干の通変星1つ1つとの重さに違いがあるの?
第五章⑶で見た流派ごとの蔵干表の違いは、この判断の土台そのものを揺らしていました。
もし、天干と地支の通変が同じ力量であるなら
➀本気だけでなく、余気・中気も同じ力量にする
②または、本気以外は通変星にしない
のどちらかの判断になります。
すると
➀なら、通変星の数は15個くらいでしょうか、それ全部把握しての鑑定は無理です。
なぜなら、
①を選ぶと通変星の数が多すぎて一つ一つツマミ食いするような「通変占い」になるか、
比肩と偏官、偏財と偏印など相反する組合せが複雑に組んだ命式を無視した「矛盾占い」になってしまうからです。
②なら、それは1つの地支を複数の十干ではなく、
本気の単発の十干だけで鑑定する「単発占い」になります。
巷で目にする占いの「通変占い」「矛盾占い」「単発占い」がいかに多いか・・・
そして、本来鑑定は1か所の通変星をそれだけ読むものではありません。
たった1つ比肩でも、本来ならば
五行が何か、その柱の12運は何か、その比肩がどの柱なのか、力量はどれくらいか、隣の柱との関係はどうか、大運との関係はどうか、などとても多くの情報を一つの通変だけでも見ていくのです。
それが3つもあれば(天干の通変星のみ)、とても複雑で重厚な情報を読み解くことになります。
通変占いであれば、3つだけかもしれませんが、
本来の読み方をすれば、通変だけでも相当な情報量です。
地支通変星を全部正確に把握できると豪語する占い師は、
上記の複雑な立体情報を10数個も重ねて同時に複合的に見ることができているのか、
それとも前述の「つまみ食い」や「矛盾」に目をつぶっているのか、そのどちらかでしょう。
多くの人は四つの柱の区別すら、通変に付けていない印象があります。
琉球四柱推命では、通変星は天干に出ているものだけです。
地支は、天干の十干がどれだけ力を得ているかを判断する材料になります。
通変星の判断と五行の特性と強弱の判断が、混ざることなく、別々に行われるのです。
だからこそ
各柱ごとに通変が意味を持ち、
五行によって通変の性質が変わり、
地支や他の柱との関係で力量や意味が変わり、
それらを周期と組み合わせることで時期やカルマの鑑定もできるのです。
「格局」「元命」理論の不安定さ
日干が甲(木)で、辰月に生まれた人を例にします。
一般的な四柱推命では、月支の蔵干から通変星を出し、それを命式の中心である元命・格局とします。辰の蔵干は乙・癸・戊なので、甲から見ると次のようになります。
| 辰の蔵干 | 甲から見た通変星 |
|---|---|
| 乙(余気) | 劫財 |
| 癸(中気) | 印綬 |
| 戊(本気) | 偏財 |
本気の戊を取れば、この人の元命は偏財、格局は偏財格です。
さらに、節入りからの日数によって余気・中気・本気のどれを取るかを決める流派では、同じ辰月生まれでも、生まれた日によって元命が劫財にも、印綬にも、偏財にもなります。
命式の中心として読む星が、性質のまったく異なる三つの通変星のあいだで入れ替わるのです。
琉球四柱推命では、辰は木の属の「墓」、つまり春の終わりの木です。
構成として地支は3つの型に分類されます。
生、旺、墓です。「生」は文字通りに「生まれ育つ」という意味です。
「生」:文字通り「生まれ育つ」気。若々しくて柔軟、明るくて前向き。
「旺」:文字通り「さかん」な気。活動的で最も強い。
「墓」:エネルギーを収める作用。物事に対して保守的で慎重、老成したイメージ。
日干の甲にとっては同じ木の気であり、日干と同じ五行の季節に生まれたことを示します。
月支は「どの通変星か」ではなく、
「甲(日干)が春の木の気の中に生まれ、その気が老成していく時期にある」
という五行の状態として読まれます。
そして同じ木の気でも、寅は「生」、辰は「墓」と状態が違い、日干甲から見た十二運でも、寅は建禄、辰は衰と強弱の違いが分かります。
つまり、地支はわざわざ地支通変星を使い、人間が理解できないほど複雑にする必要はなく、
そうしなくとも、とても深く読み取ることができるのです。
琉球四柱推命は元命・格局を出さず、命式全体のバランスで読む
通常の四柱推命では「元命」といい、月支の通変をとても重視するのですが、
上記の理由(他にもありますが)によって、琉球四柱推命では元命を出しません。
もちろん、月支の影響力の大きさは無視できませんが、あくまでもそれは「命式全体のバランスによるところ」が非常に大きいのです。
また、琉球四柱推命では「命式全体のバランス」を重視するため、月支の蔵干を主軸とする一般的な格局の定め方はしません。命式によっては、格局よりも大きな影響を持つケースが非常に多いからです。
なによりも、蔵干を使わない以上、月支の蔵干から元命・格局を決めるという一般的な手法を使うことはありません。
同じ「甲・辰月」でも、命式の中心に何を見るかが、根本から違ってくるのです。
「蔵干を使わなければ、地支の中の細かな情報が読めなくなるのでは」と感じる方もいるでしょう。
琉球四柱推命は、地支を一つの五行だけの単純なものとして見ているわけではありません。第五章⑸で述べたとおり、主となる五行を持つ複合体として、その強さや状態を読みます。
細かさを捨てたのではなく、細かさを読む方法を、蔵干から五行の状態へ移したのです。
琉球四柱推命もまた、発展の途上にある
地支の中の土の扱いは、琉球四柱推命でもまだ決着していない
ここまで琉球四柱推命の立場から、現在の四柱推命の発展途上の部分に対するアプローチを解説しました。
誤解がないようにいえば、琉球四柱推命にも課題があります。
第五章⑷では、地支における土の働きは火の属の中に含まれる、という「火土同根論」を仮説として示しました。琉球四柱推命では火土同根を暫定的に使っています。
丙と戊の十二運が十二支すべてで一致することが、火土同根の正統性の可能性を支えています。
しかし、火土同根を始め、地支の中の土の働きをどう捉え、命式の読みにどう反映させるかは、琉球四柱推命の中でもまだ研究途上にあり、決着はついていません。
この課題に対しては、琉球四柱推命の土理論を受け継ぎ、
さらに発展させようとする立場で「新土理論」を展開しているのが
≪幻の陰陽五行≫理論なのです。
その中身については、あらためて取り上げる予定です。
琉球四柱推命と地続きの未来に≪幻の陰陽五行≫がある
第五章⑴では、幻の陰陽五行を
「現在の陰陽五行が抱える構造的な問題点を取り除くことで成立する体系」
と位置づけました。
⑵〜⑸では、その問題点を二つ特定し、
琉球四柱推命がそれぞれにどう対応しているかを見てきました。
幻の陰陽五行は、琉球四柱推命とは別の新しい体系ではありません。
琉球四柱推命の体系を基盤とし、その大筋から外れることなく、残された課題、とりわけ「地支の中の土の問題」を突き詰めて解いていった先に成立する、地続きの未来なのです。
まとめ
「土を地支に置かない」「蔵干を採用しない」という二つの対応を組み合わせると、
地支から十干を取り出して読むことがなくなり、天干と地支をはっきり分けて読む命式が生まれます。甲・辰月の例で見たように、その違いは、命式の中心に何を見るかまで変えるものです。
この体系は、土の扱いという課題の一部を残しながらも、幻の陰陽五行に最も近い位置にあります。
とはいえ、長い歴史を持つ蔵干を使わないという選択に、不安を覚える方もいるでしょう。
次回(第五章⑺)は、蔵干が本当に四柱推命に欠かせない技術なのかを改めて検証します。


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